Fender,Gibson両ブランドを熟知したビルダー 

Gene Baker氏のブランドb3 Guitarsのギターが買取が決まって入荷していました。


Build by Bakerの頭文字から名前をとってb3のようです。
手にとった個体は、商品としてはUSA SL ModelのスペックをベースにMade in Japanで製造したモデルでした。
Sadowsky TYO、チーフ・ルシアー、菊地 嘉幸 氏とのコラボレーションによるものです。Baker Guitars時代には搭載していたバズフェイトンは非搭載ですが、ピッチもよく、整って澄んだ鳴りをしています。
綺麗な杢のマホガニーがたまらない1本です。

Gene Bakerって誰?という方に説明すると
94年1月、NAMMショーで発表になったロベン・フォードモデルを製造したことで有名な人物です。
その前はギブソンで働いていました。

興味深いキャリアなので略歴を書いてみたいと思います。

Gene Baker

1966年、ミシガン州デトロイトに生まれる。
11歳でギターを始める。
中学1年生の時に授業の一環として、ギターを作ることになったジーンはガラクタからパーツを集めてメイプルのSGスタイルボディのギターを初めて製作。
バンド活動開始。

1986年にG.I.Tを卒業
学校のルームメイトだったティモシーサンダースと一緒にアラバマ州ハンツビルに引っ越して、ロックスターを夢見てバンド活動。
プライベートレッスンを行いながら、自身の初のブランドとなる”Mean Gene”を立ち上げギターを製作、地元のショップで販売。

1988年、アーニーボールでパートタイムでサンディングの仕事につく。
約3か月後、仕事が遅すぎるという理由で解雇される。
解雇はされたものの、この頃から真剣にギターの製作を学ぶ意欲が湧く。
20歳になった彼は、両親のガレージに店を構え、再び”Mean Gene”ブランドネームでギターを作り始め、そこで修理も受け付ける。

両親のガレージを出て、Eric Zoellnerという人物とタッグを組み自身の工房を構える。
小売販売、レッスン、リハーサルルーム、修理等、数多くの業務を行い、約30本のカスタムギターを製作。
約1年半ほど続いた後、タッグを解消し廃業。

その後はギター講師業に力を注ぐ、”Mean Gene’s Insane Lead Guitar”というタイトルの教則本と教則ビデオを作る。

この間には3つの地元の楽器店でのレッスン、夜は地元のクラブなどで様々なカバーバンドでの演奏活動、両親のガレージに戻りギターの修理も続けていました。
同時に就職活動もしていて、真剣にギター製作や販売の仕事なども探していたが、うまく見つけれられなかったそうです。

転機

結婚したい女性との出会いをきっかけに安定した仕事を求め、レッスンの生徒からの紹介で高級印刷会社に就職。

24歳になったジーンが仕事にも慣れて落ち着いた生活を送っていると
“Gibson West Coast Custom Shop and Service Center”のビルダー、Roger Giffin (ロジャー・ギフィン)が一緒に働く弟子を探しているから、オーディションを受けてみないかという内容の電話を受けます。

オーディションなどで半年ほど経ったのち、ジーンは晴れてロジャー・ギフィンの弟子のポジションを獲得。

主に修理、修復、ギブソンの保証作業、ギター製作、などの作業を担当。
そこではマーティン、グレッチ、ギブソン、フェンダー、リッケンバッカーなど、あらゆるブランドのギターのリペアやメンテナンスもおこなっており、ヴィンテージの知識、歴史、ギターの構造、ハードウェア、フィニッシュ、電装系などありとあらゆることについて学びました。
結局、ロジャー・ギフィンと2年近く働き、約30本のギターを製作するに至りました。

これと同時期、パーツの入手や交換などの必要があり、Fenderにコンタクトを取ることも多かったそうで、これもジーンの後のキャリア、フェンダーへの転職に繋がったようです。

West Coast Custom Shop and Service Centerの閉鎖のため、転職。
1993年6月Fender Custom Shopの一員となります。
セットネックチームに配属。

Robben Ford シグネイチャーモデル

Fenderで働き出してから2、3ヶ月後、すでに生産決定されていたRobben Fordシグネチャーモデルの開発と製作がスタート。
その際にジーンがRobben Fordモデルの担当となります。

ロベン・フォードモデルの話を掘り下げると、Fender Japan(フジゲン製造)が輸出モデルとして販売していたEspritというモデルがあります。(1983年後半から1985年の間に数千台が製造されたといわれている)
アルダーボディで、ボディ内部にチェンバー加工が施され、メイプルトップ、セットネックというスペックのギブソンの対抗馬となるモデルでした。

1986年にロベン・フォードがEspritを購入
1986年から90年代に掛けてのロベン・フォードのメインギターとして露出しました。
ちょうどフェンダーのカスタムショップ立ち上げと時期が重なった事情もあり、フェンダーはこのモデルを元にロベン・フォードモデルを製作を決めます。
セットネックを上手く作れる職人が必要になり、ギブソンでロジャー・ギフィンの弟子だったジーンに白羽の矢が立ったのではないでしょうか。

Fender Japan EspritがなければもしかしたらFenderでのキャリアに繋がらなかったのかもしれません。
一連の流れにどこか運命的なものを感じます。

その後

Greg Fesslerを弟子として指導。
1994年7月にGreg Fesslerはマスタービルダーとなり、ジーンは指導者としても才能を顕します

Master apprentice (マスタービルトの弟子)として、Fred StuartとJ.W Blackのもとで働き、ヴィンテージスタイルのテレキャスターやストラトキャスターなどの知識と経験を得ます。

1995年1月、わずか入社から1年半でマスタービルダーに昇格

1999年、フェンダーを離れ、それ以降は自身のブランドでギター製造を続けています。

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