Gibson黄金期の正式後継者!? 


添付した写真に写っているのは、つい先日入荷したギターなのですが、ご存知でしょうか?
Heritage(ヘリテージ)というブランドのギターです。

そしてHeritageはギブソンのカラマズー工場を引き継ぐ形でスタートしたブランドです。

ご存知の方もいらっしゃるでしょうから、こちらでは軽くご紹介させていただきたいと思います。

ギブソン・カラマズー工場について

オービル・H・ギブソンはカラマズーでパートタイムのギタープレイヤーとして住みながら
1870年から小さな作業場でマンドリン ギターを造り始めました。

良質な家具からスプルースやウォルナット等を入手し、トップ バックともアーチトップのギターを製作。
制作物はボストンの会社から評価されました。

そのボストンの会社がギブソンに大量のバイオリンを発注したのをきっかけに始まったのがGibsonというブランドです。

一番最初の工場は、パン工場の跡を利用してのスタートでした。

カラマズーという地はギブソンゆかりの地であるわけです。

(居抜き物件でスタートしてギブソンが世界的なブランドに発展したのは夢がありますね。)

Heritageの成り立ち

ギブソンのメイン工場として数々の名器を生み出してきたKalamazoo Factory。
カラマズーは1970年をピークに人口が減少し始め、ギブソンもその辺りから主力工場をナッシュビルに移すこととなります。
(ナッシュビル工場は1975年にテネシー州のナッシュビルで竣工。ソリッド・ボディやセミアコ等の製造からスタートしました。)
(ナッシュビル工場が稼働を始めてからのカラマズー工場では、生産の半分をカスタム・モデルや高級ジャズギターなどを製造していました。)

1984年にギブソン・カラマズー工場は閉鎖。
若い職人はナッシュビルに移るのですが、1950~1960年代からカラマズーでGibsonのギターを製作してきた古くからの職人は様々な理由で引っ越しには納得できなかったのかもしれません。

カラマズーに残ることを決心した職人の一人であったジム・デュローが、同志4名とともに、カラマズーの工場や製作機器を買い取り、1985年にHeritageは設立されます。
設立した場所はそれまでGibson社が長年ギターを生産をしてきた中心の工場。
1917年に建てられたそのビルは、Gibson社がギター製作を行なっていた最も古いビル。
使い込まれた製作機器もそのまま。

場所、経緯、人、全て込みでギブソンの黄金期の歴史を感じさせるブランドです。

じつは革新的な部分も


入荷後に調整が終わり、Gibson Custom Shop ヒスコレ1959 Les Paulの横に吊って展示していたのですが、眺めているとヘッド角やボディのジョイントの角度などが違うのが見てとれたのに驚きました。写真手前がHeritage、奥が59ヒスコレです。同じ形状のスタンドに吊っています。
弾いてみた時に感じたストレスのないテンション感はこのあたりから来ているのかもしれません。

権利関係でヘッドの形状はGibson社と同じように出来ないのは仕方ないとしても、同じにできる加工の部分まで違って製造されている。
それがGibsonの名器を作ってきた職人の意図があるとすれば一体…。
もし黄金期のギブソンがナッシュビルに拠点を移さず、あのままカラマズーでギターを製造していたら、このHeritageの構造と全く同じになっていたのでしょうか。

—-ちなみに

今回当店に入荷した個体Heritage Standard H-150は特別カラーのBlack Translucentです。
人とは違った個性的なモデル。でも多くの人に良い音と言ってもらえるであろうギターです。

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