昔から,弾いていないギターやベースの弦は緩めるべきかそのままにするべきか、という問題については議論が絶えません。
半年や一年も弾かないのであれば弦は取り外して、トラスロッドも具合を見て調整し、ネックを完全に休めるのが理想です。
では、毎日あるいは週に一回は触るけど・・・という場合、弾いていない間はどうするべきでしょうか。「毎回緩めるべきだ」という方もいらっしゃいますし、「絶対緩めない」という方もいらっしゃいます(もちろん再チューニングの手間や、その際の弦の傷みといった諸問題はあるのですが、ここでは楽器本体側にかかる負担だけを考えてみたいと思います)。
この『緩める派』と『緩めない派』とでは、扱う問題が微妙に異なるようです。
『緩める派』が主に問題にするのは『静荷重』です。
静荷重とは構造物に加わる荷重のうち、時間によって変化せずにかかり続ける一定の荷重のことを指します。チューニングされた弦楽器のネックにかかリ続けている弦の張力は静荷重です。一般的に静荷重のかかる時間が長ければ長いほど、その構造物の強度は低下します。木材も例外ではありません。もちろん強度が低下しても大丈夫なように耐久性のマージンは取られているのですが、楽器に使われる木材の強度には目に見えない個体差が大きく、しかし形の決まった楽器である以上、部材の形も揃えなければなりませんので、そのマージンが十分なものであるかはケースバイケースです。ですので、静荷重に対する強度の観点からは、弦のチューニングは毎回緩めたほうが良い、というのが正しいと言えます。
ところで、はじめに少し触れましたがほとんどのギターやベースのネックには反りを調整するためのトラスロッドが入っており、これを締めると弦の荷重に抵抗する方向に、ネック内部から荷重をかけることができます。このトラスロッドがある程度締まっている個体の場合はチューニングを緩め過ぎると普段は保たれている弦とトラスロッドの荷重バランスが崩れてしまい、ネックが暴れることがあります。弦交換時のような短時間であれば大きな問題はないのですが、ネックが暴れたまま長い時間放置されることで木材自身に癖がついてしまうとロッドを緩めてももう戻らないこともありますので、チューニングを緩める量には注意が必要です。緩めるべき量はネックの状態、性質によって大きく違いますので、まずは全てのペグを一周半ほど緩めてから反りの変わり具合をチェックし、ペグの緩め加減を適宜調整するのがおすすめです。
『緩めない派』の懸念は『繰返し荷重』です。
繰返し荷重とは構造物に加わる荷重のうち周期的に荷重の大きさが変化する荷重を指します。弦楽器においてはチューニングを上げたり下げたりしたときのネックにかかる荷重の差が繰返し荷重となります。小さな負荷の変化であっても何度も何度もかかることで部材の強度が下がることを疲労というのですが、確かに繰返し荷重はこの疲労を引き起こしかねません。そのため、木材に限らず様々な素材で、耐久性のマージンは静荷重より繰り返し荷重に対して大きく取ることが推奨されます。ギターアコースティックギターの表面板などは、ブレーシングによって強化されているとはいえ2~4ミリほどしかありませんので、この疲労によってブリッジ周りの強度が下がってしまうということもありそうな話です。ただし、ばらつきが大きい木材という素材が繰り返し荷重に対してどれだけの耐久性を持つのかは、残念ながら多くのことは解っていないようです。
静荷重と繰返し荷重、どちらがより大きな問題か、というのは今のところは立証が困難な問題であるように思われます。K.YairiやTaylorのようにウチのギターは緩めなくて大丈夫!というメーカーもあれば、弾いていないときはチューニングを1音程度緩めることを推奨しているルシアーもいらっしゃいます。結局のところ、楽器による、人による、と言わざるを得ません。
さて腰砕けな結論になりましたが、それでは当店はどうしているかと申しますと、お客様にご試奏いただいたあとの楽器はある程度弦を緩めています。そもそも頻繁に弦を緩めたり張ったりする、すなわちよく試奏の入るモテモテの楽器が超長期在庫になってしまうことはあまり無く、いつでも新しい弦も用意できますので、少なくとも販売店においては繰返し荷重が問題になることはありません。私個人としては、自分の楽器を弾き終わった後にいちいち弦を緩めたりはしません。たまに弦を交換する時に弦高や表面板の様子を見て、調子が悪いかな?と思ったら弦を張らずに、調湿剤と一緒にケースに入れて一ヶ月ほど休ませる程度です。その間は他のギターを弾いています。
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