声へと近づいたギター

白いストラトキャスター。
その姿を見ただけで、ジェフ・ベックの音を思い浮かべる方も多いでしょう。
ピックを使わず指で弦を弾き、トレモロアームとボリュームノブを同時に操る。
あの唯一無二の表現を支えたのが、Jeff Beck Stratocasterです。
今回ご紹介するのは、Jeff Beck本人の製作にも携わったTodd Krause製作のMaster Built。
2009年製Olympic Whiteの一本です。
ジェフ・ベックは、なぜレスポールからストラトへ向かったのか
ジェフ・ベックは、最初からストラトキャスターを象徴するギタリストだったわけではありません。
The Yardbirds在籍時には、TelecasterやEsquireを使用。
その後のJeff Beck Group期には、Gibson Les Paulを手にし、太く荒々しいサウンドを鳴らしていました。
Rod Stewartのボーカル、Ronnie Woodのベースとともに作り上げた初期Jeff Beck Groupのサウンドは、後のハードロックにも大きな影響を与えたと評されています。
レスポールが持つ密度の高い中低域と力強いサステインは、当時のベックが求めていたサウンドに適したものでした。
1975年のアルバム『Blow by Blow』でも、現在Oxblood Les Paulとして知られる個体を使用しており、ストラトキャスターへ移行した後もレスポールとの関係が完全に途切れたわけではありません。
それでも、ベックの中では次第にストラトキャスターの存在が大きくなっていきます。
レスポールは、太い中音域と長いサステインを土台に持ち、弱く弾けば甘く、強く弾けば音の芯と粘りが増していきます。ピッキングの変化は、音色を大きく塗り替えるというより、ひとつの太い音の中に濃淡や抑揚を加えていくように表れます。
一方のストラトキャスターは、弦を弾いた瞬間の立ち上がりが鋭く、ピッキングの角度や位置、指先の力加減が、アタックの硬さや倍音の量、音の明るさとしてそのまま表れやすい楽器です。
ブリッジ付近を弾けば硬く切り込む音になり、ネック寄りを弾けば丸く柔らかな音になる。弱く触れれば繊細に、強く弾けば鋭く暴れる。その変化の幅が、レスポールよりも音の表面に露出しやすいのです。
さらに、3基のピックアップが生み出す音色の落差や、ハーフトーン特有の細く揺らめく響き、トレモロアームによる微細な音程変化まで、演奏中に音の輪郭そのものを動かすことができます。
レスポールが、豊かで密度のある音を土台として、その内側に表情を刻み込んでいくギターだとすれば、ストラトキャスターは、音の立ち上がりから消え際まで、その輪郭を絶えず作り替えていくギターだといえるでしょう。
ピックを持たない右手の触れ方、ボリュームノブの操作、トレモロアームのわずかな動きまでを、声の抑揚のように音へ反映できる楽器。その要求に、ストラトキャスターの鋭敏な反応と構造上の自由度が応えたのでしょう。
太く完成度の高い音の中でニュアンスを深める方法から、音の形そのものを指先で変え続ける方法へ。ジェフ・ベックの演奏が「良いギターの音」から「自分にしか出せない声」へと進んでいくうえで、ストラトキャスターは欠かせない存在となったのです。
ストラトキャスターが完成させた、唯一無二の奏法
ジェフ・ベックの演奏を特徴づけているのは、速さや正確さだけではありません。
最大の特徴は、弦を弾いた瞬間に音を完成させるのではなく、鳴った後も変化させ続けることにあります。
トレモロアームで音程をわずかに揺らし、ボリュームノブでアタックを消し、指先の位置や力加減によってハーモニクスや倍音を引き出す。一度生まれた音へ、後から息遣いや抑揚を加えていくような演奏です。
特に後年のベックは、ピックをほとんど使わず、親指と人差し指を中心とするフィンガースタイルを確立しました。指で直接弦に触れることで、ピックでは得にくい繊細なアタックから、鋭く弾き出す強い音までを自在に使い分けています。

さらに右手でトレモロアームを握りながら、指先で弦を弾き、ボリュームノブにも触れる。発音、音程、音量という三つの要素を、ひとつの動作の中でほぼ同時に操っていたのです。
一般的には弦に近すぎるともいわれるストラトキャスターのボリュームノブも、ベックにとっては理想的な位置にありました。右手を大きく移動させることなく、弦、アーム、ノブのすべてへアクセスできるからです。
また、彼にとってトレモロアームは、派手な効果音を生み出すための装置ではありませんでした。歌声のビブラートや管楽器のベンドのように、一音へ自然な揺れと生命感を与えるためのものでした。
ジェフ・ベックは、ストラトキャスターを音色だけで選んだのではありません。
弦、ボリュームノブ、トレモロアームという構造そのものを演奏技法へ取り込み、ギターを自らの声のように操ったのです。
そして、その繊細な奏法を余すことなく受け止めるために、彼のストラトキャスターには通常のモデルとは異なる性能が求められていきました。
ヴィンテージ復刻ではない「Jeff Beck仕様」
Fender Custom Shopと聞くと、1950年代や1960年代の名器を精密に再現したモデルを想像される方も多いでしょう。
しかし、Jeff Beck Stratocasterが目指しているのは、ヴィンテージ・ストラトキャスターの忠実な復刻ではありません。
伝統的なストラトキャスターの基本形を受け継ぎながら、ジェフ・ベックの演奏上の要求に応えるため、各部の機能を磨き上げたモデルです。

まず目を引くのが、ナットに採用されたLSR Roller Nutです。
一般的なナットでは、アーミングによって弦の張力が変化した際、ナット溝との摩擦によって弦が元の位置まで戻りきらず、チューニングにずれが生じることがあります。
LSR Roller Nutは、弦が接する部分に可動構造を設けることで摩擦を抑え、トレモロ使用後の復元性を高めるための装備です。

ヘッドにはロッキングチューナーを搭載しています。
ペグポストへ巻きつける弦の量を少なくできるため、巻き部分に生じる緩みやずれを抑え、アーミング時のチューニング安定性を支えます。

ブリッジには、ヴィンテージスタイルの6点支持式ではなく、2点支持トレモロを採用。
動作が滑らかで、微細な音程の揺れから大きなアーミングまで、右手の操作へ素直に追従します。
LSR Roller Nut、ロッキングチューナー、2点支持トレモロ。
これらは単独で働く装備ではなく、トレモロアームを積極的に使いながら、滑らかな操作感と音程の安定を両立させるためのひとつのシステムとして機能しています。
ジェフ・ベックの演奏にとって、チューニングの安定性は、単に扱いやすさを高めるためのものではありません。
トレモロアームによって一音ごとの音程を繊細に動かし、その揺れ自体を表現として成立させるために欠かせない条件でした。

ピックアップには、Hot Noiselessを3基搭載しています。
シングルコイルらしい輪郭を残しながらハムノイズを抑え、一般的なヴィンテージ系ピックアップよりも力強い出力を備えている点が特徴です。
大音量のステージや深く歪ませたサウンドでも不要なノイズを抑えつつ、指先のタッチやボリューム操作に対する反応を保つ。
繊細なコントロールと力強いサウンドの両立を求めた、ジェフ・ベックらしい選択といえるでしょう。

また、ネックジョイント部にはコンター加工が施され、ハイポジションでの演奏性も高められています。
22フレット仕様と合わせて、伝統的なストラトキャスターの外観を大きく崩すことなく、演奏できる音域と左手の自由度を広げています。
こうした仕様は、ある時点で突然完成したものではありません。
その背景を知るために、ここでレギュラーラインとして展開されてきたJeff Beck Stratocasterの変遷にも目を向けてみましょう。
レギュラーラインのJeff Beck Stratocasterは、1991年に登場した初期型と、2001年の仕様変更以降の後期型に大別されます。
初期型は、太いネックグリップやLace Sensorピックアップ、Wilkinson Roller Nutなどを備えた、独自性の強いモデルでした。
対して後期型では、Hot Noiselessピックアップ、LSR Roller Nut、コンター加工されたネックヒールなどが採用され、ジェフ・ベックの奏法を支える機能が、より洗練された形でまとめられています。
今回ご紹介するCustom Shop製の一本にも、こうした後期型と共通する主要な仕様や設計思想が見られます。
では、初期型と後期型のどちらが、本当のJeff Beck仕様なのでしょうか。
そのように二者択一で考えるよりも、本人の奏法や求める感触の変化に合わせて、シグネチャーモデルそのものが更新されてきたと捉える方が自然でしょう。
仕様が変わったことは、初期型が不完全だったことを意味しません。
その時々のジェフ・ベックが求めたものを反映した結果として、異なる二つの姿が生まれたのです。
ジェフ・ベックが常に同じ場所に留まらなかったように、その名を冠したストラトキャスターもまた、ひとつの完成形に固定されることなく変化を続けてきました。
Jeff Beckのギターを作った男、Todd Krause
本器の価値を語るうえで欠かせないのが、Todd Krause氏の存在です。

Todd Krause氏は、Fender Custom Shopを代表するマスタービルダーの一人。
Jeff Beckをはじめ、Eric Clapton、Bob Dylan、David Gilmourなど、世界的なアーティストのための楽器を製作してきた人物としてFender公式にも紹介されています。
アーティストのためにギターを作るという仕事は、単に指定されたスペックを組み合わせることではありません。
ネックの握り心地。
フレットの感触。
弦高。
トレモロアームの重さや可動範囲。
ボリュームノブを動かした際の反応。
楽器の重心や、身体に構えたときの収まり方。
カタログ上の数値だけでは表現しきれない要素まで理解し、一本の楽器として成立させる必要があります。
特にジェフ・ベックのように、ギターの各機構を演奏中に絶えず操作するプレイヤーの場合、わずかな感触の違いが演奏そのものに影響します。
アームが重すぎれば、繊細な音程変化をつけにくい。
ナットやブリッジで弦が引っ掛かれば、音程が戻らない。
ボリュームの変化が急すぎれば、滑らかな音の立ち上がりを作れない。
つまり、ジェフ・ベックのギターを製作するには、完成した音だけでなく、彼がどのようにギターへ触れるのかを理解する必要があります。
Todd Krause氏は、Jeff Beck本人のための楽器製作を通して、その要求を実際のギターへ落とし込んできたビルダーです。
その人物がJeff Beck Stratocasterを手掛けることには、単なるネームバリュー以上の意味があります。
設計図に記されたJeff Beck仕様を再現するだけではない。
その仕様が、なぜ必要なのかを知る人物が作っている。
そこに、本器ならではの説得力があります。
Master Built――一本の楽器を、一つの判断で完成させる
Fender Custom ShopのMaster Builtモデルは、単に使用される木材やパーツのグレードを高めたシリーズではありません。
最大の特徴は、一人のマスタービルダーが製作の中心に立ち、素材の選定から最終的なセットアップまで、一本のギターを一貫した視点でまとめ上げることにあります。

ギターは、優れたパーツを組み合わせただけでは完成しません。
ボディとネックの組み合わせ、ネックシェイプ、フレットの仕上げ、トレモロのセッティング、弦高やピックアップのバランス。個々の要素がどれほど優れていても、それぞれの方向性が揃っていなければ、一本の楽器として自然な反応は得られません。
Master Builderの役割は、各部を高い精度で仕上げることだけではなく、それらをどのようなギターとして結びつけるかを判断することにあります。
音の立ち上がりをどの程度鋭くするのか。
弦へ触れた力が、どのような速さで音へ変わるのか。
トレモロアームを動かしたとき、どこから抵抗が生まれ、どの位置へ戻るのか。
こうした感触はスペック表には表れませんが、演奏者がギターを手にした瞬間から感じ取る部分です。
Jeff Beck Stratocasterは、とりわけ製作全体のまとまりが問われるモデルです。

LSR Roller Nut、ロッキングチューナー、2点支持トレモロといった装備は、それぞれが単独で性能を発揮するものではありません。弦の動きや張力を含め、すべてが適切なバランスで調整されて初めて、滑らかなアーミングと安定した音程が両立します。
また、Hot Noiselessピックアップの出力や高さ、ボリューム操作に対する反応、フィンガースタイルで弾いた際の立ち上がりも、最終的な調整によって印象が変わります。
このモデルにおけるMaster Builtの価値は、目に見える豪華さではありません。

Olympic Whiteのアルダーボディにローズウッド指板という、端正で馴染み深い姿。その内側にある複数の要素が、一人のビルダーの判断によって同じ方向へ整えられていることにあります。
弾き手の入力に対して、ギター全体が迷いなく反応する。
アーム、ボリューム、指先のタッチが、別々の操作ではなく、一つの表現として音へ結びついていく。
その一体感こそ、完成した製品を組み立てるだけでは得られない、Master Builtモデルならではの魅力です。
そして本器では、その全体をまとめ上げた人物が、Jeff Beck本人のためのギターを製作してきたTodd Krause氏であることが、さらなる意味を持ちます。
ジェフ・ベックの名を冠した仕様を知っているだけでなく、それが演奏の中でどのように使われるのかまで理解したビルダーが、一本の楽器として完成させている。
本器の価値は、特別な仕様が並んでいることだけではありません。
そのすべてが、Jeff Beck Stratocasterとしてあるべき反応へ向けて、一本の中に統合されていることにあるのです。
2009年製の本器に宿る、ジェフ・ベックの設計思想
今回入荷した個体は、2009年製。
1991年の初代Jeff Beck Stratocaster登場から約18年、2001年の仕様変更からも十分な時間が経過した時期に製作されています。
この頃には、ジェフ・ベックのフィンガースタイル、トレモロアーム、ボリューム操作を組み合わせた奏法は、彼を象徴するスタイルとして確立されていました。
若き日の使用機を再現した復刻モデルではなく、現役のジェフ・ベックが必要としていた機能を反映したストラトキャスター。
ボディにはAlderを使用し、Rosewood指板との組み合わせにより、ストラトキャスターらしい明瞭さを持ちながら、中域にまとまりのある扱いやすいサウンドに仕上がっています。
重量は約3.71kg。
ストラトキャスターとして極端に軽量な個体ではありませんが、その分、各弦の音に芯があり、Hot Noiselessの力強い出力ともよく調和しています。
LSR Roller Nut、ロッキングチューナー、2点支持トレモロという構成は、ジェフ・ベックモデルの中核となる部分です。
アーミングを特殊奏法としてではなく、通常のフレージングへ取り入れるために設計された機能的な組み合わせ。
トレモロアームを大きく使用する方だけでなく、コードや単音へわずかな揺れを加えたい方にも、この安定性と操作性は大きな利点となります。
ピックアップはHot Noiselessを3基搭載。
パワー感がありながら、シングルコイルらしい各弦の分離も保たれており、クリーンからドライブサウンドまで幅広く対応します。
そして何より、本器はTodd Krause氏によるMaster Builtモデルです。
Jeff Beckという名前が付けられたギターを、本人の楽器製作に携わったビルダーが担当している。
これは、通常のアーティストモデルとは異なる、明確な物語を持った一本です。
コレクションとしての価値を保ちながら、ジェフ・ベックモデル本来の目的である「演奏するためのギター」としても、存分にお楽しみいただける状態です。
ローラーナットやロッキングチューナー、コンター加工されたネックヒールなど、一つひとつの仕様を見ていくと、すべてが演奏上の必要性から選ばれていることが分かります。
装飾ではなく機能。
懐古ではなく進化。
そこにあるのは、ジェフ・ベックが長い時間をかけて作り上げた、ストラトキャスターに対する一つの回答です。
ジェフ・ベックの音を模倣するためではなく、その発想に触れるための一本
このギターを手にすれば、ジェフ・ベックと同じ音が出るのでしょうか。

もちろん、ギター一本だけで彼の演奏を再現することはできません。
ジェフ・ベックの音は、指先の触れ方、アームの操作、ボリュームの動かし方、そして一音ごとの瞬間的な判断によって生み出されています。
同じギターとアンプを用意しても、あの音が自動的に現れるわけではありません。
しかし、Jeff Beck Stratocasterを実際に弾くことで、彼がなぜこの構造を必要としたのかを知ることはできます。
なぜ一般的なナットではなく、LSR Roller Nutなのか。
なぜヴィンテージタイプのペグではなく、ロッキングチューナーなのか。
なぜ伝統的な6点支持ではなく、2点支持トレモロなのか。
なぜヴィンテージ系シングルコイルではなく、Hot Noiselessなのか。
それぞれの仕様は、ジェフ・ベックらしい音を表面的に再現するための記号ではありません。
彼の奏法を妨げず、指先から生まれる表現を受け止めるために選ばれたものです。
優れたシグネチャーモデルの価値は、有名ギタリストと同じ外観の楽器を所有できることだけではありません。
そのギタリストが楽器をどのように捉え、何を必要としたのか。
一本のギターを通して、その考え方へ触れられることにあります。
ジェフ・ベックは、ストラトキャスターを単に弾いたのではありません。
弦、トレモロアーム、ボリューム、ピックアップ。
そのすべてを同時に操り、ギターを人間の声へ近づけました。
本器は、その音を表面的に模倣したモデルではありません。
Jeff Beck本人のための楽器製作に携わったTodd Krause氏が、彼の演奏を成立させるための仕様を、一本のストラトキャスターとしてまとめ上げたものです。
本器の背景にあるのは、ジェフ・ベックが長い演奏人生の中でたどり着いた終の愛機と、その思想を理解するマスタービルダーによって製作されたという事実です。
Fender Custom Shop Jeff Beck Stratocaster Master Built by Todd Krause。
ジェフ・ベックの音を追い求める方だけでなく、ストラトキャスターという楽器の可能性をさらに深く知りたい方にも、ぜひ手に取っていただきたい一本です。




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